■建築研究報告

住環境の観点からみた敷地コントロールに関する研究

河中 俊

建築研究報告  No.117,  1988,  建設省建築研究所


<概要>

  本研究は、住環境の形成・維持・改善を図るために、建築指導行政・都市計画行政における敷地コントロールのあり方を考察する目的のものである。わが国における市街地の物的コントロール手段の中心である建築基準法において、敷地は極めて重要な位置を占めているにもかかわらず、現行制度は色々な点で不備であるとの認識の下に、「敷地に関する物的コントロール」である敷地コントロールを定義し、各種の検討を行った。

  「序章  研究の目的と方法」では、研究の目的を示し、敷地コントロールに関連する既往研究を紹介して、本研究の位置づけと、敷地コントロールに関連する諸概念を明確化した。本研究における敷地とは「1の土地利用単位に対応する1画地の土地」をいい、「建築物敷地」と「空地敷地」に分類される。敷地コントロールの主な対象項目は境界線・規模・形状・公共施設との関係である。さらに、建蔽率、容積率等の法定限度に代表される建築物の大きさに関する権利に対応した空間の量を、「開発権空間量」と定義した。また、敷地を研究する観点として、「建築アプローチ」と「街区アプローチ」の2つがあることを示した。

  「第1章  敷地と住環境」では、低層住宅における敷地の確立が重要であることをふまえ、わが国の低層住宅の敷地面積の変遷を、既往調査データと統計データで分析した。近年の傾向として、全国的に戸建・長屋建住宅の敷地面積は拡大しているものの、都市集中の著しい首都圏等では、敷地規模が減少していることが明らかになった。また、敷地面積と住環境との関連については、日照時間等の住環境評価項目との相関があり、大局的に、敷地面積が広いほど住環境が良好である傾向が認められた。すなわち、敷地コントロールで規模を規制する根拠が示された。さらに、敷地に対する建てづまりや、敷地の接道状況等についても統計データを分析し、特に接道に関して、細街路の整備状況が悪いために、建築基準法の要件が満たされない住宅の比率が高いことを示した。また、敷地コントロールによる公共介入を行う大きな根拠が、防災安全性にあることを示した。

  「第2章  街区割・敷地割と建築形式」では、本研究における街区を定義し、敷地の間口と奥行の比率である「D/F比」によって、敷地の形状の基本的考察を行った。整形街区の背割2列配置の敷地割が、江戸時代の計画的に基盤整備された市街地、および、土地区画整理事業や宅地造成による基盤整備の行われた市街地の基本となっていると考えられる。また、郊外戸建分譲住宅団地の背割2列配置の正方形状敷地について居住者の意識を分析し、一種の「無難な」完成された形式であるととらえた。さらに、背割2列配置によらない街区の実例も紹介した。第2章でとりあげた基盤整備済市街地では、道路空間が確立しており、確立された敷地割が著しく変化しない限り、敷地コントロールは有効に機能しうる。ただし、確立された敷地割と建築形式の関係が崩れる時に、敷地コントロールと建築物形態コントロールが連携する必要性が生じる。さらに第2章では、日本とイギリスの社会的背景の相違が、敷地割の相違に関係しており、空間コントロール技術としての敷地コントロールのあり方に影響していることを考察した。

  「第3章  市街地形成と敷地割」では、第2章の事例とは対照的な、基盤未整備の市街地を主体に、市街地形成過程における細街路・街区・敷地の形成を、実例により分析した。特に、神奈川県座間市相模が丘地区について、江戸時代以降の変遷と、現在の敷地割の問題点を詳細に検討した。その結果、市街化する以前から存在する道路によって、市街地の骨格の軸方向が規定され、都市的土地利用以前の土地境界・筆割の形状が、街区・敷地の形状を規定していることが明らかになった。過去の敷地コントロールが不十分であった地区は、現在の敷地割に、多くの問題が存在する。また第3章では、ミニ開発の敷地割を分析し、従前の画地の中に、ある場合には道路位置指定を伴って、新たな敷地割のモジュールが詰め込まれることを示した。地方公共団体によるミニ開発抑制のための敷地コントロール的対策は、法律に基づかない指導要綱等による最小限敷地規模規制が中心であった。さらに、広い目で見ると、敷地概念が確立しているとは考えられない居住地が存在していることも紹介した。市街地形成との関連では、敷地コントロールを行う意義が、(1)道路を確立させる手段と補完しあって、敷地を確立させる機能、(2)敷地割・建築物配置の秩序を保つ機能、(3)敷地を併合する基礎条件固めにあると考えられる。

  「第4章  敷地コントロールの理論と法制度」では、敷地コントロールの理論的枠組みを提示するために、敷地の関連事項を、様々な観点から分析した。まず、敷地の細分化と敷地の重複使用に代表される敷地問題を一元的に解釈し、開発権空間量のコントロールの重要性を確認した。敷地をめぐる既往の議論を分析し、敷地コントロール的な発想が戦前から存在していたことを確認した。そして、昭和40年以降の建設省関係審議会答申における敷地コントロールの関連する議論を分析し、重要な視点をいくつか抽出した。建築基準法およびその他の法令における、敷地の扱いならびに敷地の関連する事項を分析し、敷地の影響する事項が極めて多い一方で、敷地コントロールの規定が現行法制度では不十分であることが明らかになった。また、敷地コントロールは密度規制との関連が深く、開発権空間量を移動させるような手法を導入する場合には、敷地コントロールの導入が特に必要であることを示した。さらに、敷地コントロールを行う場合に、敷地と建築物に関する公的記録として、敷地台帳が必要とされることを示し、その備えるべき条件と整備の方向について、考察した。結論的に、敷地コントロールの対象として、境界線、規模、形状、公共施設との関係に加えて、建築物のない敷地の用途のコントロールを含めるべきことを述べた。現行法の枠にとらわれない考察によれば、敷地コントロールにおいて、敷地の使用権原との関連を考慮すべきであることが、主張される。そのような意味で、敷地台帳は理論上、敷地・建築物・土地利用単位の用途を記載すべきであると考えられる。

  「第5章  最小限敷地規模規制の基準の考え方」では、敷地コントロールの中心的手段である最小限敷地規模規制について、その基準値が導かれた論理の構造を解釈した。わが国の戦前から終戦後までの基準・提案では、日照確保と延焼防止のための隣棟間隔の確保の考え方が確立したものの、低い基準値を導く論理の中に、達観的判断が必要とされる場合があることを明らかにした。現代の基準・提案では、敷地内の緑の量を考察したものが登場し、居住者の意識との関連を重視するものも登場している。さらに、土地区画整理事業の過小宅地・借地の基準地積の定められた過程を分析し、戦前の議論をふまえて定められたことと共に、区切りの良い数値として採用された100m2がその後に大きな影響を及ぼしたと考えられる。

  「第6章  敷地コントロールの実例」では、第4章の分析を受けて、わが国の限られた敷地コントロール手法の実例を分析した。まず、開発許可や、法令に基づかない宅地開発指導要綱等による敷地コントロールは、市街地基盤を整備する段階にのみ、有効な方法であると考えられる。建築基準法第50条に根拠を持つ、茨城県による「筑波研究学園都市敷地条例」の運用について、敷地台帳と最小限敷地規模規制の先進的事例として分析し、その効果と問題点を考察した。「尼崎市住環境整備条例」も、地方公共団体の条例で最小限敷地規模規制を定めており、今後の運用状況が注目される事例として、紹介した。建築基準法等に根拠を持つ建築協定と地区計画は、計画的に基盤整備された市街地の敷地ならびに住環境の維持に有効な制度であり、現在の適用対象が、郊外戸建住宅団地等に限られていることがわかった。郊外戸建分譲住宅団地の建築協定と地区計画の住民評価の分析結果では、分譲後間もない地区での、敷地関連の規制内容が、住民に支持されやすいことが示された。地区計画については、技術的な検討課題がいくつか存在する。第6章の分析では、第4章で提示した敷地コントロールの理論的枠組みのごく一部分しか、現行の制度で実現していないことが明らかになった。

  「終章  敷地問題の構造と敷地コントロール」は本研究のまとめである。敷地問題の解決のためには、究極的に敷地境界線の変更のチェックが必要とされることを再確認し、敷地コントロールの要素の理論的見取図を示し、市街地の種類と局面に応じて現行敷地コントロール手段の有効性が異なることを示した。また、敷地コントロール制度の整備について、短期的には現行の建築協定制度や地区計画制度の積極的運用が、長期的には敷地台帳の整備が必要であると考えられる。本研究では、中高層集合住宅の敷地に関する固有の問題の考察をほとんど行わなかったが、残された課題である。さらに、本研究の枠外であって現行法制度では対処できないものの、建築物のない敷地の用途のコントロールと、敷地の使用権原の確認との連携とが、重要な検討課題として残されている。


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